Jr.界隈うろうろヨタヨタ

そのへんのヲタの日記帖

シンクロズ

過日の話を少しだけざくざくメモ書き。Twitterは相変わらず時折鬱屈としてる。

Jr.情報局が正式稼働。少々入り口が混み合っていたものの、突然のPay-easy対応で自宅に居ながらネットバンク経由で登録できた。隔世。
企業紹介的なもの&12-13月公演のチラ見せを兼ねた勢いのワンカメショーが披露された。ついでに圧倒的画質向上。

変わるときはあっという間に変わるもんだなと。
これは本件に限ったことではなくて、とにかく、いろいろなことに対して。

 

この動画には「ご紹介(と訂正テロップ)」以外にも、「察せよ」みたいな場面がそれなりに出てくるのだけれど。
ああここはこうなってあそこはこうなったのか、とか。もうだいぶ前から確定事項だったことも含めて。

ヲタはそれぞれの立場とテンションでああだこうだと大声あげたり静かに憤ったりするものだと思うけれど、
自分にも一つだけ静かに大声で記録しておきたいことがある。

萩とながつ。

申し合わせたわけでもなく、場の流れの中で、とっさに、同時に、同じような行動をする。
(どういう意味だったのか等は本人以外にはわかるわけがないので一切言及せず、だけど)
そのとき両隣にいた二人の呼吸感。

面白いねえ。

この二人がこんなふうにシンクロするのが「面白い」と思えるところまで
既にどっかり首も足もつっこんでる自分が面白い的な意味で面白いねえ。

以ッ上!

 

ところで最新の彼ら。
11月23日(水/祝)の生放送で見た最年少ながつは少しだけ幼い印象の髪型に振れていて、
二十歳の萩は前髪長めでさらっと流れていて、そして絶妙な髪色で、
とてもバランスが良くなっていた。と、まあ勝手にそんなことを思った。

今のながつとみゅーさんの髪型もまた別の意味でバランス良くて素敵だ。間もなく本格的に彼らを以って双璧と呼ぶようになる。のかも。

  

 

 

 

 

 

 

彼が彼らと枯れ葉をやったと聞いたときの妙にざわついた気持ちと、半面期待感が湧くあの感じはいまだに忘れられない。期待通りか期待以上なら、それは素晴らしいことだけどたぶん辛い。

そして収録からだいぶ経って、実際に放送されたときのことも忘れられない。想像のどれとも違う感想だった。以下略。そのうちまた。

 

本題、ちょっと書き残したいだけの話。

先月幸いなことに友人に収録に連れて行ってもらった。おかげで10代最後のステージを観ることができた。ありがたいことです。本当にありがとう。

そして枯れ葉も生で観ることができた。固唾を飲んでペンラを握りしめて観た。双眼鏡も持たない。フォーメーションを目で追い、全貌を観た。

曲の終盤、中央に集まりダマになるように固まる奴ら。塊。目を見開いて凝視する。曲が終わった瞬間、軽く膝から力が抜けてフラッと足にきた。

フォーメーション、フォーメーション、から寄り集まって、塊になる姿に少しの違和感、いや異質感か。ほんのりとグロテスク。人の塊。

あれは少し引きで観たほうが、きっと気味が悪くて、気持ちがいいもの。そして彼らなら、もっともっともっと生々しい人の塊になれる。はず。

映像を淡々と再生しながら、そんなことを思った。

 

今後どこかで観られるのか、全く以ってわからないけれど(どのパフォーマンスにも言えること、次なんて普通はないけれど)もし2度目があるなら、そのときはまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十歳

11月が近づくにつれ、初めて彼を見た日のことをよく思い出していた。

 

とある映像を見ていて「お前さん誰だよ?」と思ったのが最初。同じ曲を何度も何度も何度も再生した。ただ無心で再生し続け、気づけば数時間が経過していた。3時間か4時間か。平日の夜のこと。唐突に、どうかしてしまったんでしょうね。

 

遡ること数日、また別の映像を見ていたとき「誰?」と思った瞬間があり。顔はあまりよく見えなかった。「お前さん誰だよ?」の後にふと気づいた。そういえば数日前に見たあの人とこの人は同一人物なのではないかと思い、映像を見直し調べなおして。確かに同じ人だった。見た目の印象よりもずっとずっと年若い。1996年11月7日生まれ。

 

二十歳になる頃なんて想像もしていなかった。二十歳の彼の姿をイメージする、という発想自体がなかった。ごく最近までなかったかもしれない。

 

「歳を重ねるほどに良くなる」とずっとずっと思っているし、実際言い続けているけれど、それはそれ。具体的な将来像のようなものはあまり想像できなかった。それはやっぱりJr.という立ち位置だから、というのが一番大きな理由になるんだろう。

 

長い目で見れば、かなり大事にされている方だと思う。やってきた仕事を振り返ればわかる。でも、一歩一歩一日一日を細かく刻んで見ていけば、私が覚えているだけでも楽観が難しい時はいくらでもあった。今もこの後も、そういう時期は何度も巡ってくると思う。念願のグループ、Love-tuneが出来た現在であっても勿論。

(とにかく"同じ土俵に立って、来年は戦いたい"と語っていたあの言葉が2016年に叶ったことは素直に嬉しくてたまらないし、いまこの瞬間も彼の居場所が真っ直ぐに好きだと思える。有難いことです。本当に)

 

最初から「芸能でなければ生きていけない」ような人には見えなかった。良い意味でもあまり良くない意味でも。ただ次第に、私のような一介のファンが思う芸能の世界と、子供の頃に自主的(かつある程度計画的)に飛び込んで、そこで成長した彼が思う芸能の世界とは、何かとても大きな隔たりがあるのかもしれないなと思うようにもなり。つまり「芸能でなければ生きていけない」という発想こそが素人感覚であって、彼は至極真っ当な「職業のひとつ」として芸能と向き合っている、ように感じることが多々ある。

 

何の話かといえば。二十歳を迎える彼が、望む仕事を職業として続けられますように。幸せでありますように。そういうことです。それだけです。

 

萩谷慧悟さん、二十歳のお誕生日おめでとうございます。